【習慣化】瞬間瞬間の煌びやかさより、毎日の地味で連続的な日々を愛すべき理由
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おはようございます!
最近読んだ以下の記事が結構グッサリきていると共に、とても共感しています。
(1/3) 勉強熱心でスキルも高い「スーパーマン」 だけど飛べなかったら意味がない : J-CAST会社ウォッチ
彼ら彼女らは、一様に、「昨日より今日、今日より明日の自分が成長していたい」と成長意欲が高い。
時には夢を手帳に書き込み、エクセルで人生プランを作る程に上昇志向、キャリア志向が強く、戦略的だ。俗に言う、「意識高い系」と呼ばれる人たちである。
ごリッパとしか、いいようがない。
だが、彼ら彼女らの、実際の「活躍ぶり」は、どうだろうか?
スキルアップの成果は、着実に出ているだろうか?
周りにそういう「意識高い系」の人がいる、という読者のなかには、首をひねる人も多いのではないか。引用元:対象のページ
なぜグッサリきて共感しているのか?
それは少し前の私がまさにそれだったからです。
「今日より明日の自分が成長していたい」という気持ちは本当。
私は、1年前ぐらいから「あれこれ手を出す前に目の前のこと、ちゃんとやろうよ」と、自分に言い聞かせるようになりました。
それは自分の思い描く将来像と現在の姿があまりにもかけ離れていたためでした。
以前は、それこそ上記の記事の冒頭に出てくるように、「グローバル人材にならないと生き残れない」と思い、英語学習に力を入れていた時期がありました。
しかしそこには長期的な目標もなければ、何が何でも続けていく!という気持ちもありませんでした。言うなれば、ただ「必要だと書いてあったし、その時そう思ったから」といったところです。
そんな行き当たりばったりで始めたので、飽きっぽい自分の性格と、生活リズムの変化で、その後、だんだんと勉強から遠ざかり、今では何もできていません。
「自分のキャリアはこのままで良いのだろうか?もっと考えなければいけないのではないだろうか?」と、考えていた時期もありました。
「ITの世界では転職なんて当たり前だ。むしろ転職していないと、転職する力もないと見なされる。転職できる程の力をつけなければ!」
そう思っていた時期もありました。
しかし、ではその為の努力を何かしているかというと、なかなか行動に移せず、その代わり自己啓発本やキャリアに関する記事を読む機会だけが増えていました。
これらは今となっては恥ずかしい過去ですが、自信をもって言えるのは『成長したい!』と思っていたことだけは本当だということです。
当時は、気持ちはあるものの、ではその理想像に近づくためには何をしなければならないのか、行動レベルにまで形にできていなかったのです。
①形になっていないので、目標が不安定。
↓
②不安定ゆえに、ちょっと刺激的な情報に触れたらそっちに意識が向いてしまう。
↓
③ゆえに、本来やるべきことが疎かになり、ついには止めてしまう。
↓
④①に戻る。
といった、積み上がりのない生活を送っていました。
「煌びやかな瞬間」の土台には、「地味な毎日」があるのだから
「成長したいという気持ちを持ちながら行動の伴わなかった当時の自分」に、「少しずつだけど行動できてきている今の自分」がかけてあげられる言葉は、
「そんなこといつまでもやってる暇があるんなら、小さいことでも良いから始めろよ。そしてそれを続けろよ」
といったことです。
そこから全てがはじまるのだから。
人生を左右するのは「1%の積み重ね」 : ライフハッカー[日本版]
しかし、実際の人生における重要なことのほとんどは、独立したイベントではなく、1%プラスにするか、1%マイナスにするかの選択をした、無数の瞬間の積み重ねです。このようなわずかな改善を重ねていくことで、大きな違いが生まれます。小さな勝利や、ゆっくりとした進歩にも力があるのです。
引用元:対象のページ
これまでの自分は、「成功している人はある日突然成功している」とどこかで考えていた部分があると思います。
んなこたぁない。
大なり小なり、成功している人は努力しているのです。
みんなに注目されていない時から、継続的な取り組みを行う地味な毎日を過ごしてきたからこそ、大成しているのです。
才能にあふれた人でもコツコツ努力しているのに、平凡な私がある日突然すごい人になれる訳がないのです。
しかし、そんな平凡な私でもできることがあります。
それは「継続する」ことです。
過去の経験や実績の延長線上でしか、人は生きられません。自分を変えようと思ったら、今から地道に努力して、新しい過去を書き加えていくしかありません。人間は急には変われないのです。
引用元:対象のページ
人間は急には変われないということを肝に命じながら、毎日の積み重ねという地味でも着実な歩みを継続していく。
その先にしか、私の思い描く将来像はないと思っています。
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